悲惨な分娩体験記 16/feb

ほげ子33歳、スウェ一デン人仮名(本名だったらコワいが)の場合

全妊娠期間を快調に過ごしたほげ子は 「このまま出産も快調にいくわね。」っとタカをくくっていた。 この先、地獄の分娩が待っているなどとは夢にも思わなかった。

さて、陣痛が始まり U市A病院 (ほとんど意味のない伏せ字だな、ははは)
の分娩待機室でモニタ一をつけられ、 これから始まる出産ドラマにやや緊張するほげ子は准看が言う 「今日は人手不足で医者がみんな出払っているんだけど、 1時間おきにはチェックに来れると思う。 ちゃんとした呼吸法でしのいでね。」 という言葉の意味もよく理解できないでいた。 だいたい「ちゃんとした呼吸法」というのも初耳だった。 とにかく腹式呼吸をやっていれば間違いないや、と フ一ヒ一フ一ヒ一呼吸を始めた。

だんだん陣痛が強くなり、呼吸が困難になる。 でも誰も見回りに来ない。 気が狂いそうな程痛い、3時間たっても誰も現れない。 多分子宮口全開したみたい、何度も気を失いかけ、 夫ほげ男に励まされ正気にかえる。 4時間ちかくたち、やっと准看(助産婦ではないことに注意)が現れる。 「あら、そんな呼吸じゃだめよ、赤ちゃんが苦しむじゃない。」
それなら初めから言えよおお、ばかやろおお!! と思ったのはずっと後のことで、 そのときは、もう、どうにでもしてくれええ!と思ったそうだ。
ほげ子、遂に力尽き失神してしまう。

気が動転するほげ男、「このままじゃ、親子共々死んじゃう!」と 廊下を駆け出し医者を捜しに行く、 しかしホントに医者らしい人物は見当たらない!
「神様、どうか助けて!」 すると、廊下のつきあたりに白衣の青年を発見!!
うおおお!妻を助けて!! 「ごめんね、ぼく、医者じゃなく研修にきた大学院生なの」 んなあこたぁ、どうでもええわ! とにかく妻を助けて!と研修生を無理矢理分娩室に引っ張っていく。

ほげ男もパニック状態だったが、もっと可哀相なのが医大生!
まだ免許もないのにいきなり分娩室で失神している妊婦を助ける羽目になってし まったのだから。ハサミのような器具で胎児をとりあげようとするが、産道に器 具を挿入した時、勢い余って肛門奥深くまで切りさいてしまった!
ぎゃあああ〜!!! ほげ子 はその後数ケ月間、ウンチを自分でコントロ一ルできずに紙おむつを使用。 あの悪夢から1年半近くたった今でもオナラを我慢する事が出来ない、、、って、 笑い話じゃないんだからね!


ぞぞ子29歳、外国人仮名の場合16/feb

妊娠8カ月目のある日、ぞぞ子はいつもとは違う鋭い痛みを感じ 直ぐに助産婦に電話を入れた。 スウェ―デンでは助産婦と電話で話すだけも順番待ちをしなければならない。35分 間電話口で待たされ、ようやく出た助産婦は『今日は予約がいっぱいで何もして あげられないわ。安静にしてまた明日電話を頂戴。』と言う。ぞぞ子は普段とは かなり違う腹痛なので、少しでも様子を調べてほしいと頼んだ。『残念だけど、 予約がランチまでいっぱいで何も出来ないの。腹痛なんてめずらしくないのだか ら、安静にすればいいのよ。』ぞぞ子はその返答を聞いて激怒した。
“ランチまでいっぱい”ということは、ランチ時間はしっかり確保してあるという事、つま り、お腹の赤ちゃんが何かの不調を訴えシグナルを出しているのかもしれないの に、それよりも自分のランチの方が大切だと暗に言われたようなものだ。ぞぞ子 は“もう頼まない!”と叫び電話を切った。
悔しさで涙が溢れてきた。ぞぞ子は 発展途上国の中でも特に貧しいとされる国からやって来た。ぞぞ子の尊敬する母 は故郷で助産婦をしていた。彼女が住んでいた村は交通網が整備されていないの で、交通手段はもっぱらボ―トだった。産気付いた女性が隣村にいるとの知らせ が入ると、彼女の母は真夜中でもボ―トに乗って現場へ向かったものだ。勿論外 燈などまるでない村から川までの道は月明りが頼り、川の上の唯一の電気は懐中 電燈、危険きわまりないのである。そればかりではない。やっと赤ちゃんを取り あげても、母親が貧しくて赤ちゃんを育てられない場合もある。そのような場合、 彼女はその生まれたばかりの赤ちゃんをその場で養子として引きとり、自分の家 へ連れて帰るのだった。これは助産婦としてではなく、彼女の信仰心がそうさせ たのだけれど、お蔭で血のつながりのない兄弟がなんと28人も一緒に住んでいる のである。
つまり、ぞぞ子にとって助産婦という職業は、犠牲を払ってでも小さ い命を守る聖職なのである。
スウェ―デン人はことあるごとに彼女に『スウェ―デンに来れて幸せでしょう、豊 かなくらしをすると故郷に帰りたくなくなるでしょう。』と問う。その瞳には自 国に対する優越感と、彼女の国に対する侮蔑感がはっきりと読み取れ、不愉快だっ た。しかしスウェ―デン人が誇る“世界一の医療体制”もこの有り様なのである。 『彼らは確かに豊かなくらしをしている。でも、私たちの心はスウェ―デン人よ りもある意味では豊かなのかもしれない。』そう思った頃、 電話が鳴った。先程 の助産婦からだった。『検査はしてあげられないけれど、大学病院へ紹介状を書 いてあげるわ。』
電車とバスを乗り継いでやっと大学病院へ着いたけれども、門前払いになった。 『今日は医師も助産婦も皆スケジュ―ルがいっぱいで、全く時間がない。ここで待 たれても困るから帰って。腹痛なんて安静にするくらいしか処置は出来ないんだ から、一晩休んで明日助産婦の予約を取りなさい。』受付のおばさんにこう言わ れそれ以上取り合ってくれない。
再び電車とバスを乗り継ぎ家に着いたのが夕方。腹痛は一向に良くならない。電話 で主人を呼び出し、会社を早退して帰って来てもらった。そして二人は車で隣の 州の大学病院へ直行した。万一、この腹痛が“よくあること”ではなく、赤ちゃ んからの危機のシグナルだったらどうしようという不安で、とてもではないけれ ど安静になどしていられなかったのである。
はたしてぞぞ子の予感は的中した。 調べたところ、赤ちゃんの心拍がとても弱まっていて大変危険な状態に あったのだ。あれよあれよという間にぞぞ子は手術台に乗せられ、緊急手術になっ てしまった。麻酔で眠っている間、ぞぞ子の主人は今までの話を病院のスタッフ に話した。スタッフは“明日まで待っていたら、恐らく赤ちゃんの命はなかった でしょう。でも、人手不足の現状では手の施しようがないのです。私たちの病院 でも、人手不足でトラブルが発生することも多いのですから。”ぞぞ子の赤ちゃ んはとても元気に産声を上げて、4日後にお母さんと一緒へ家に帰った。



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